こころとからだの健康
“言葉”の力を使ったセルフケアを考える

一人で悩むこととカウンセリングを受けることにはどのような違いがあるのでしょうか。ただ話を聞いてもらうだけなら、一人と変わらない気もしますよね。そこで、今回は心理士の立場から“言葉”に焦点を当てて、こちらを解説していきたいと思います。
悩み事と言葉の関係
筆者はこれまで心理士として多くの方々の悩み事をお聞きしていますが、その中で“言葉”がもっている力を実感することがあります。言葉によって自分自身を表現する中で、悩み事が整理されたり、始める前までは思いもよらなかったことを話してしまったり、自分で言葉にしたにも関わらず話した言葉によってそういうことだったのかと気がつくことがあります。これはとても不思議なことです。
頭の中だけで悩む場合と、言葉を口に出して悩む場合で、その内容が変わってくると言われています。なぜそのようなことが起こるのでしょうか。そのヒントは言葉の種類にあります。
言葉の種類
ロシアの心理学者ヴィゴツキー(Vygotsky, L. S.)は、人間の言葉を内言(ないげん)と外言(がいげん)に分類しました。
内言は音声を伴わない、内面化された思考のための言葉です。頭の中で「あぁかな」、「こうだろうか」と情報を操作する時に使っている言語です。
その特徴は文法が明確でないこと、大雑把な使われ方をするということが挙げられます。使用する際、自分だけが分かればいいので、圧縮や省略などが行われ独自の表現がみられるといわれています。改めて意識してみると、確かに頭の中で用いている言葉はそんなにはっきりとした内容ではなく、感覚的なものが多いような気がします。
一方で、外言は音声を伴う、コミュニケーションのための言葉です。誰かと情報を交換したり、伝達する時に使っている社会的な言語です。その特徴は聞き手を意識した表現になることが挙げられます。明確な文法を使用したり、共通理解を促すような表現がみられるといわれています。他者と言語的なやり取りをする際、お互いが理解することが大切です。自分だけわかっていればいいということはありません。そのため、何かを伝える際には、相手が理解しやすいように工夫された言葉が使われるということです。
悩んでいる時に使っている言葉は?
ここで、皆さまが日頃何らかの困りごとを抱え、それをどう解決すればいいのかを悩んでいる時のことを想像してみましょう。
日常における悩みというのは「ああ、こうすればいいんだ!」と瞬時にパッと答えが見つかるものばかりではありませんね。なかなか論理的にスッキリしないし、心の収まりがつかないということも多いでしょう。また、考え過ぎて頭が疲れてしまい、思考自体が停止してしまうこともあります。すると、問題解決のめどが立たず、ただ苦痛だけが継続してしまうなんてことにもなりかねません。
なぜこのようなことになってしまうのか。それは内言のみを用いて悩み事を解決しようとしているからかもしれません。モヤモヤしている内容に、モヤモヤした言語を掛けたら、どれだけモヤモヤしてしまうか。その相乗効果は思っている以上に大きく解決を困難なものにしている可能性もあるでしょう。
言葉を使った悩み方・考え方の工夫
こうした言葉の特徴を知り、状況によって使い分けていくと、より効果的に問題と向き合える可能性もあるかと思います。以下では、心理士として、皆さんにぜひおすすめしたい言葉を使った悩み方・考え方の工夫について紹介したいと思います。
①書き出してみる
まずは、自身の悩み事を書き出してみるのはいかがでしょうか。第一のアウトプットです。
書き方はどのようなものでもよいです。文章にするのも良し、箇条書きにするのも良し、単語の羅列でも良しです。大切なのは、考えながら、メモを取ることです。こうすることで、頭の中で内言でしか考えていなかった状態に、外言の要素を付け加えることが可能になります。これは他人に伝えるためのメモではないので、厳密には外言とは言えませんが、内言のみを使っている時よりも物事が整理されていく感覚を得ることができるでしょう。より手軽に行うのであれば、声に出し、独り言をつぶやくという方法もあります。考え事をする際に、ブツブツと声に出して物事を考えてみてはいかがでしょうか。また、それをボイスレコーダーに録音し、ボイスメモとするのもよいでしょう。
②誰かに相談してみる
なかなか心の収まりが悪いことを抱えている場合には、誰かに相談することもおすすめです。第二のアウトプットです。
人は誰かに自身の悩みや考えを話し、それをただ聞いてもらうだけで落ち着くことがあります。その会話が具体的な解決には繋がらなかったとしても、スッと心に収まることがあります。嫌なことを吐き出し、聞き手に受け止めてもらえたことで、スッキリするといった浄化作用、所謂カタルシス効果ですが、言語という視点からこれを見ると別の解釈も可能になります。
誰かに話して、それをただ聞いてもらうだけでスッキリするのは、日頃内言を使って思考し、モヤモヤしていたものが外言というより明確な言葉を使用することで思考が整理できたから、と考えることもできるのです。これを自己明確化機能といいます。
また、外言はコミュニケーションのための言葉ですので、脳は「目の前の人(聞き手)にどのように話したら、自分の思いが伝わるだろう」と言葉の編集作業を行っています。この作業過程は意識的にも行われていますが、脳が勝手に編集作業をしてくれるという側面もあります。つまり、誰かに悩み事を話すということは、その人が意識していない潜在的な脳の力をひきだす効果があり、それによって一人ではスッキリしなかったことが整理されると考えることができるのです。
③他者と対話してみる
そして、最後のおすすめの方法は他者と対話をすることです。第三の高度なアウトプットです。
②の段階では、聞き手がただ聞いているだけでも生じうる内容でした。
相談するということ自体は②と変わりませんが、対話にはより複雑な刺激が含まれています。相手から思いもよらぬ質問や反応が生じたことで、それをきっかけに考えることになったり、話が思わぬ方向に膨らんでいったり、もともと言うつもりはなかった話をしてしまうことがあります。そこで話された言葉は話し手から離れ、聞き手との間に共有されるものとなります。すると、言葉には力があるため、自分の語った言葉に自分が事後的に作られるということが起こってくるのです。これはナラティブセラピーや動機づけ面接というカウンセリング技法としても応用されています。
例えば、愛煙家だったAさんがいるとします。Aさんは、そろそろ煙草を止めたいと思っているものの吸いたい気持ちもあります。そんな時、他者との対話において、「自分は煙草を止めたい」と話したところ、聞き手は「なんで?吸えばいいのに」と吸うことを促してきたとします。
すると、Aさんは、聞き手に止めたい気持ちを理解してもらうために、たばこの害や周囲への影響、そもそも吸える場所が無くなったなど、止めたい理由を詳細に語ることでしょう。聞き手が「それでも止めなくてもいいじゃない」と言えばいうほど、「煙草を止めたい」と熱を入れて語るかもしれません。
その後、かつての葛藤は弱くなっており、話す前より煙草を止めたい気持ちの方が強くなっていることに気がつくかもしれません。
これは自分で語った言葉に自分が影響を受けたということであり、対話によって悩み事が処理された例と言えます。この力はまさに言霊(ことだま)と言っていいかもしれませんね。
頭の中だけで悩む場合と、言葉にして悩む場合で、その内容が変わるメカニズムを“言葉”という視点から解説して参りました。このお話は日頃一人でもできる工夫から、カウンセリングを受ける意義にもつながります。ぜひ、参考にしてください。
筆者:パソナセーフティネット 臨床心理士、公認心理師





