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近年増加する「静かな退職」という働き方と「静かな採用」

2024/06/03
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広がりつつある「静かな退職」という働き方

転職や退職をするつもりはないものの、仕事に対して意欲や熱意を持たず、必要最低限の業務にしか携わらない状態を「静かな退職」(英語:Quiet Quitting)と言います。
2022年、米国のキャリアコーチであるブライアン・クリーリー氏がSNSで言葉を説明する動画を公開したことで、広く知られることになりました。

頑張り過ぎない働き方として、こうした働き方を自らの意思で選ぶ人が増えてきたことが米国ギャラップ社やGPTWJapan社の調査からも明らかになりました。

ハッスルカルチャーから静かな退職へ

ハッスルカルチャーとは
ハッスルカルチャーとは、仕事のために生きる上昇志向の強いカルチャーを指します。

高度成長期の“モーレツ社員”“24時間働けますか?”は若い世代にはなじみがない言葉かも知れませんが、ミレニアル世代が働くことに対して強い生きがいを感じ、休日出勤、残業は当たり前といった自分の時間を100%仕事に捧げる働き方をしていたことは、ご記憶にある方もおられるでしょう。

プライベートの時間さえも仕事に差し出すガムシャラな働き方は、この時代の流行となりましたが、こうした働き方は、ワーカホリック(仕事中毒)を生み、バーンアウト(燃え尽き症候群)の要因となりました。

そして今、脱ハッスルカルチャーとして注目されているのが「静かな退職」(英:Quiet Quitting)という働き方です。

価値観の変化
バブル期が過ぎ、頑張って働いても以前のように給与は上がらない社会経済の低迷に加え、世界中で起きた新型コロナ感染症という未曽有の経験などがあり、働き方に対する意識の変化が起きました。
WLI(ワークライフ・インテグレーション)という意識が芽生え、私生活の充実を求める価値観に変化している人が増えてきています。

株式会社マイナビが実施した「マイナビ 正社員のワークライフ・インテグレーション調査2024年版」によると(上記図)

「仕事と私生活の充実の関係性」については
「”私生活の充実”が”仕事の充実”につながっている」20.4%
「”仕事の充実”が”私生活の充実”につながっている」12.4%
「相互に影響しあっている」37.2%
となり、合わせて7割が「私生活と仕事の充実」に関係性があると回答。

私生活の充実と仕事の充実の関係としては、年代別では20代で「「私生活の充実」が「仕事の充実」につながっていると感じる」が 他の年代より高くなっています。

※ワークライフ・インテグレーションとは、仕事とプライベートを統合し、両者の充実を図るための考え方。 労働者のプライベートの充実は仕事の効率性につながるため、労働者、組織の双方に重要とされています。

そして「静かな退職」へ
GPTW Japanが実施した「静かな退職に関する調査2024年」によると、静かな退職を選択したきっかけは、
「仕事よりプライベートを優先したいと思うようになったから」
「努力しても報われないから」
が特に多い。
仕事に見合う金銭・非金銭(仕事に対するモチベーションや努力の意義)のインセンティブがないことに大きく影響を受けている。
という結果でした。

なぜ静かな退職を選択したのかは、個人のプライベートを重視するという意識変化だけでは語り切れず、組織の持つ外発的動機付けの要素が少ないから、とも読み解けます。

熱意のある社員の減少
米国ギャラップ社「State of the Global Workplace: 2023 Report」が実施した調査『従業員の仕事や職場への関与と熱意を示す「従業員エンゲージメント」指数調査』の結果では、日本の労働者は、前回調査に続いて僅か5%と大変低い結果です。
同調査によると、世界全体で見ると59%が「静かな退職」に該当しているといいます。

さらに、株式会社マイナビが実施した「マイナビ 正社員のワークライフ・インテグレーション調査2024年版」の結果(下図)でも、20~59歳の正社員の男女を対象として、働く上での本音では、『できることなら働きたくない』で「そう思う(計)」が56.9%と高く、『静かな退職をしている』も「そう思う(計)」が48.2%とおよそ半数という結果であり、ギャラップ社の調査結果に近い数字となっています。

「できることなら働きたくない」と答えた人は、働かなくても良い条件が整えば、退職を選択する可能性も含み、嫌々だが我慢して働いている可能性も否めません。
こうした考えの層では、仕事以外のプライベートライフへの関心が高く、仕事への関心が低い人も一定数おられるのではないかと思います。

自ら「静かな退職」の働き方を自覚している人は、自発的に労働時間や業務量を減らし、辞めることなく淡々と働いておられる層です。
「静かな退職」の言葉の発祥の地となった米国では、コロナ以降アメリカの就労時間が減少しており、この傾向は、とりわけ壮年労働者、女性より男性、高学歴の層に多く見られるといいます。
仕事のみに時間を費やす傾向から、ワークライフ・インテグレーションの充実への意識の高まりと思われます。

クアルトリクス2023年の従業員エクスペリエンスに関する調査結果によると、この「静かな退職」をする人々を、「自発的貢献意欲が低いものの、継続勤務意向は高い状態」として定義・抽出したところ、回答者全体の約15%が該当することがわかりました。

グループの属性別内訳では、40代・50代の中堅・シニアクラス、一般社員、周囲との連携が弱い人々、パフォーマンスが平均に満たない方々が、多めの傾向を示しています。

「静かな退職」のメリット

近年選択する人が増えつつある、「静かな退職」のメリットはどのようなものでしょう。

脳や身体の疲労度の軽減
「静かな退職」という働き方を選択した場合、基本的には残業はなく、ほぼ定時に職場を離れることになります。
従って規則正しい生活習慣が可能になり、運動や睡眠、決まった食事時間を確保できることで、脳疲労の軽減、体力の温存につながるでしょう。

プライベート時間の充実
定時に帰宅が可能になれば、当然余暇に使える時間が増えます。新たな趣味に興じたり、新たな学びにもチャレンジができるでしょう。さらに、仕事以外の人間関係の構築、ボランティアへの参加、地域貢献など社会的な幅も広がります。

業務の安定
「静かな退職」という働き方は、基本的には新奇性の追求、新たなチャレンジは選択肢にないと思われます。失敗のリスクは減り、与えられた仕事の習熟度は向上します。
決められた業務をミスなく粛々と進めることが可能になります。

「静かな退職」のデメリット

それでは、「静かな退職」のデメリットはどのようなものでしょうか。

モチベーションの喪失
毎日、決まった業務を淡々とこなすことは、刺激が少なく意味を見出すことが難しくなることがあるでしょう。仕事の内容によりますがマンネリ化し、飽きてしまう可能性もあります。
また、ストレス自体が少ないことがかえって脳のストレスになることもあります。

周囲の心象が悪くなる可能性
必要最低限の業務しか行わないとき、周囲に忙しい社員がいれば、不公平感を招き、疑問や非難の対象となることがあります。組織は互いに助け合ったり、相互関係で成り立っていますから、周囲の了解が得られない場合、居心地が悪くなる可能性も否定できません

組織の成長や生産性への影響
組織で働く多くの労働者が「静かな退職」という働き方をした場合、組織の生産性は低下します。
新奇性を追求し、新たな挑戦やサービスが生むことは減るでしょうし、自分の仕事だけ粛々とこなしていては、職場内のコミュニケーションは低下します。
組織の成長へのブレーキとなる可能性があります。

静かな退職を選択する社員の増加に対処する

新入社員のリアリティショックを予防する
静かな退職を選択している社員は、入社当時から「静かな退職」を選択しているわけではありません。
新入社員や入社2~3年の若手社員が「静かな退職」を選択する理由には、「こんなはずではなかった」「想像と違った」「承認してもらえない」などの理由が考えられます。

こうした言動の予防には、入社前の説明を丁寧に行いギャップが起きることを未然に防ぐ努力が求められます。
また、失敗を嫌うZ世代には、スモールステップで達成を見守り、都度承認の声掛けを行うことがポイントとなります。

「新入社員の組織社会化、職場への適応を成功させるポイントとは?」
https://www.safetynet.co.jp/column/20240501/
「新入社員のためのオンボーディング」
https://www.safetynet.co.jp/column/20220418/
も合わせてお読みください

中間層、壮年層へのポイント
中間層、壮年層へのポイントとしては、コミュニケーションを活性化させ、対話による信頼関係の醸成を図ることで、存在そのものを認めることが大切です。人となりを理解し、承認欲求、所属欲求を高める声掛けを行い、「正当に評価されていない」「報われない」といった不満の解消に努めます。

給与やインセンティブとしての報酬を支払うことができない場合は、今より裁量権を与えたり、評価につながりやすい業務の優先度を上げたりすることで、モチベーションを維持します。

「静かな採用」を取り入れる
「静かな採用」とは、Gartne社が2023年に提唱したもので、HRプラクティス部門シニアディレクターを務めるエミリー・ローズ・マクレー氏によると「企業が実際に正社員を新たに雇用せずに新しいスキルを得ること」だといいます。すでに存在する従業員に現在の職務内容以上の責任を与えることを意味します。

すでにいる人材を活用することで、採用のコストが抑えられるだけでなく、新たな役割に就くことで、これまで発揮する場のなかった実力の証明が叶ったり、個人の成長の後押しになります。

成功を後押しするために、組織は必要な教育やサポートが十分に受けられるよう、体制を整える必要はありますが、こうしたケースがロールモデルとなり、社内のキャリアパスとして機能したり、いきいきと働く社員が育つと新入社員や若手社員ロールモデルとなり、他の労働者のキャリアプランの指標になるでしょう。

こうした社員を増やすために取り入れていただきたい方法の一つにリスキリングがあります。

リスキリングとは
新しい職業に就くために、あるいは、今の職業で必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために、必要なスキルを獲得する/させること。(経済産業省HP)

働き方は年々変化しています。今後新たに発生するであろう業務で役立つスキルや知識の習得を目的として、自ら進んで取り組むことが大切になります。

リスキリングの推進を図る
これまでの日本では、長期安定雇用制の下、社員は自分のキャリア自体を自身の将来を見据えて積み上げたり、主体的に学ぶといった習慣が余りありませんでした。
また、そうした意思決定にも慣れてこなかった社会背景があります。

多くの企業で行われているOJT(社内訓練)は、既に他の社員が持っているスキルを踏襲して学ぶ方法であり、時代の変化に合わせた新しいスキル、未来に必要になるであろうスキルを学ぶ方法としては力が弱いものです。

経済産業省が2020年に報告した「人材版伊藤レポート」では、人的資本経営を実現する共通要素の一つとして、リスキリングを取り上げ、2022年には、岸田政権が掲げる政策「新しい資本主義」においてリスキリング支援に注力すると表明しています。

進化を続けるデジタル技術を浸透させるための、DX(デジタルトランスフォーメーション)推進に向け、若手層、中間層、壮年層を問わず、共に学ぶ仲間を募り、共有しながら学習する習慣を定着させることで、コミュニケーションも活性化します。
それぞれが学んだことを活かし新たな視点で業務を捉えることが可能になると、生産性も高まります。

労働人口の減少により労働者の確保が難しい今、新たな人材を見つけるのは多くの手間暇が掛かり、コスト面でも負担になります。
今いる労働者の中に眠っている才能を掘り起こすためには、1on1ミーティングや雑談の機会を増やし、日頃の対話を活性化し、静かな採用の可能性、リスキリングへの興味を探ってみてはいかがでしょうか。

今回は、静かな退職、静かな採用について解説して参りました。
人の感情はチームの中で伝播します。いきいきと働く従業員が一人でも生まれることでチームの雰囲気は変化します。互いに認め合い、学び合い、高め合えるチームづくりをめざしていただければと願います。

 

筆者:セーフティネット産業カウンセラー、公認心理師

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