こころとからだの健康
心理的安全性と心理的柔軟性をセットで考える

心理的安全性という概念は、近年様々な書籍で目にすることが増え、また内閣人事局や厚生労働省などによる推奨により広く浸透しました。
心理的安全性は組織づくりに着目していますが、個人に着目した概念に、「心理的柔軟性」があります。組織の生産性の向上には、この二つをセットで考えることが大切です。
生産性の高い組織づくりには欠かせないと言われている、「心理的安全性」と「心理的柔軟性」について着目し、解説して参ります。
心理的安全性について
心理的安全性は、米国のハーバード・ビジネス・スクール教授のエイミー C. エドモンドソンによって提唱された概念です。
心理的安全性とは?
心理的安全性について、エドモンドソン教授は、「チームのメンバーが、リスクを冒し、自分の考えや懸念を表明し、疑問を口にし、間違いを認めてもよく、そのいずれをもネガティブな結果を恐れずにできると信じていることである」としています。
つまり、失敗やミスが起きたときであっても、安心してそのことをチームと共有ができ、否定や非難に晒されない、率直に発言されることができるチームであるということです。
心理的安全性は生産性に影響する
グーグル社で行われたチームの効率性に影響を与える因子を突き止める目的で行われた、プロジェクト・アリストテレスと呼ばれる研究で、「誰がチームのメンバーであるか」よりも「チームがどのように協力しているか」のほうが重要であると結論づけられました。そして、最も重要な因子は「心理的安全性」でした。
この研究結果は、世界に広く知られるところとなり、多くの企業で「心理的安全性」を高める教育が行われることになりました。
心理的安全性のアンケート
では、皆さまが所属するチームの「心理的安全性」はどうでしょうか。
エドモンドソン教授は、心理的安全性に関する意識を評価できる7項目の簡単なアンケートを開発しました。
1. このチームでは、ミスをしても責められることはない。
2. このチームのメンバーは、問題点や難しい課題を提起することができる。
3. このチームでは、人と違うことを受け入れることもある。
4. このチームでは、リスクを冒しても安全性が保たれる。
5. このチームでは、他のメンバーに助けを求めやすい。
6. このチームでは、意図的に私の努力を損ねるような行動を取る人はいない。
7. このチームのメンバーと一緒に仕事をしていると、私にしかないスキルや才能が評価され、活かされる。
心理的安全性を高めるために
エドモンドソン教授は、チームの心理的安全性を高めるキーマンとしてリーダーを挙げています。
リーダーが率先して自分の非を認め、失敗からなにを学んだかを共有したり、チーム内で起きたミスや失敗を否定せずに学びに変える、オープンな対話を自ら進んで実践すること。
たとえ、現実的ではない部下からの提案であっても耳を傾け、非難せずに好奇心をもって新奇性の追求を行うなど、部下の可能性を大切にする姿勢を持つ。
エドモンドソン教授は、心理的安全性は、ただ単に部下に優しくすることではないとも述べています。
率直であることは、ときに不快な状況を作ることもあります。失敗を口にするときには、自身の中でそれを認め、自己開示する行動が必要です。失敗から何かを学ぶ時には、自分の中に沸き起こるこうした不快な感情を受け止め、チームの力を信じることが求められます。
そのため、チームリーダーは率先して、オープンなコミュニケーションを奨励し、チームメンバーの声に耳を傾けるサポートをすることが不可欠なのです。

心理的柔軟性について
心理的柔軟性は、Acceptance and Commitment Therapy (ACT) で提唱された概念です。米国のネバダ大学心理学部教授のスティーブン・C・ヘイズ氏が開発しました。
スティーブン・C・ヘイズは、ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)の創始者であり、このACTは新生代の認知行動療法として広く知られるようになりました。
心理的柔軟性とは、変化する状況に適応し、自己の価値観に基づいた行動を取る能力を指します。
心理的安全性と心理的柔軟性の違いとは?
心理的安全性は、チームの環境に焦点を当て、メンバーが安心して発言できる状況を作り出すことであり、対人関係や信頼感の醸成を強調しています。
一方で心理的柔軟性は、個人の適応力や行動の柔軟性に焦点を当てています。状況に適応するためには、自分の内面に目を向け、自己理解を深め、変化に適応できる自身の価値観に沿った行動を取ることが求められます。心理的柔軟性は、変化に適応するための能力です。
心理的柔軟性の要素とは?
心理的柔軟性とは、自然に沸き起こってくる自分の感情や思考に振り回されることなく、自分自身が大切にしたい考えを選択し、イキイキとした生活を送るための行動側面をいいます。
・ 沸き起こる感情や思考から一歩下がって観察する
・ 困難な感情や思考を否定せず、オープンマインドで受け入れる姿勢
・ 今ここで起きている状況や経験に注意を向け、適応する能力
・ 自分には何が大切か、価値観や目標を明確にし、それに基づいて行動する
・ 行動の柔軟性:状況に応じて必要な行動を採用し、実行する力
心理的柔軟性の欠如の影響
心理的柔軟性の低下や欠如は、様々なマイナスの影響をもたらします。
たとえば
・ 自分の感情に巻き込まれ、押しつぶされそうになったり、誤った判断をしてしまう
・変化に適応できず、自身の固定観念に固執し成長が望めない
・ 困難な状況を受け入れられず、不適応を起こしたり、自己肯定感が下がったり、心身不調が生じる
・ 柔軟な思考や対話が損なわれ、周囲の人との軋轢が生じたり、信頼関係の崩壊、孤立のリスクが高まる
・ 本来大切にするべき価値観から離れることで、後悔や自責の念が想起される
心理的柔軟性を高めるためには、SMARTなゴールの設定が大切
ヘイズ教授は、SMARTなゴールの設定が大切としています。
・ S=Specific(具体的):「いつ・どこで・誰と・何を」を具体的に決めます。
・ M=Meaningful(有意義):自分の価値に沿ったゴールになっているか検討します。
・ A=Adaptive(適合的):このゴールを達成すれば人生が豊かになるか検討します。
・ R=Realistic(現実的):自分の能力や状況などをふまえて現実的に達成可能か検討します。
・ T=Time-framed(期限が決められている):いつまでに達成するかを決めます。

組織の生産性を高めるために心理的安全性の構築は不可欠です。
同時に、チームメンバー一人ひとりが自身の適応力を高め、困難に出会ったときに必要とされる行動が取れる能力も求められます。心理的安全性と心理的柔軟性の両方が揃うことで、更なる組織づくりが可能となるでしょう。
参考:【保存版】ACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)とは?
早稲田大学人間科学学術院教授 熊野宏昭
筆者:パソナセーフティネット産業カウンセラー、公認心理師