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心理学に基づく記憶術

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今回のコラムのテーマは、「覚える」「忘れてしまう」など記憶がテーマです。仕事をしていく上で大切な、記憶術についてカウンセラーの視点から解説して参ります。

人はなぜ忘れるのか?

社会人になっても、新しい機械の操作を覚えたり、自社が売り出す新しい製品の情報を把握したり、いろいろと勉強する機会がありますね。暗記が求められることもあると思いますが、その時に問題となるのが“忘れてしまう”ということです。

忘却とその要因について
まず、人はなぜ忘れるのかということを見ていきましょう。忘れることを専門用語では忘却といいます。心理学において、忘却には様々な要因が関連しているとされています。その中で、代表的な学説として減衰説、干渉説、検索失敗説をご紹介します。

減衰説について
一つ目は減衰説です。これは時間の経過によって記憶情報が徐々に無くなっていくという説です。
記憶は脳に残っている情報の痕跡であるとされ、それが時間経過とともに自然に消滅すると考えられています。例えば、自然環境におかれている岩石は雨風にさらされると、どんどんとすり減っていきますね。形が変わり、しまいには消えてしまうかもしれません。その現象を風化と言います。それと似たことが記憶にも起こると考えられているのです。その結果、何かを思い出そうとしても、それ自体を失っているため思い出すことができない、つまり「忘れた」という体験になるということですね。

干渉説について
二つ目は干渉説です。
これは別の記憶の存在に影響を受けることで想起が困難になるという説です。
例えば、長年使用していた洗濯機が壊れ、新製品を購入したとします。最先端の機能がついているので、新しい取扱説明書を読んだものの、今までの製品とは手順が異なります。習慣化した過去の手順からアップデートができず、ついつい古い手順に戻ってしまいます。便利機能のタイマー設定がうまくできず、その度に、新しい取扱説明書を読みなおしますが、何故か過去の手順から抜け出せません。そんな経験はないでしょうか?
このように、別の記憶のせいで覚えられない、覚えてもすぐに忘れてしまうようなことが起きると言われています。

検索失敗説について
三つ目は検索失敗説です。
これは記憶した時に存在していた手がかりを失うと、記憶情報を見つけることができなくなり、想起が困難になるという説です。人の長期記憶の容量は膨大であることがわかっています。頭の中にものすごく大きな倉庫があるとイメージしてみてください。何かの手がかりがあれば探しやすいですが、それが無い状態では広い倉庫をあてもなく探し回るようなものですから、目当てのものを見つけることは難しいでしょう。それが記憶の場合だと、「忘れた」という体験になるといわれています。

人はこのように様々な要因によって“忘れる”と言われています。しかし、我々はこの特性と付き合っていかねばなりません。そこで今回はその手助けとなるものとして心理学に基づく記憶術を紹介したいと思います。

心理学に基づく記憶術

心理学では、忘れる要因が研究されている一方で、記憶する要因についても研究がすすんでいます。それを現実場面で応用すればきっと生活に役立てることができるでしょう。それではここから心理学に基づく記憶術を見ていきたいと思います。

勉強の王道は“復習”
まず一つ目の方法は“復習”です。反復学習(リハーサル)とも呼ばれます。
同じことを何度も繰り返す勉強より、知らなかったことを知る、新しい発見に出会う方がワクワクしたり、楽しさを感じる人が多いかもしれません。確かに、知らないことを学ぶ方が知的好奇心は満たされますね。復習は既に学んだことを確認する作業になるので、知的好奇心を直接満たすことには繋がらないかもしれません。

しかし、新しいことを次々と学んでも、それは右から左へと流れていきます。人間はとても忘れやすい生き物ですから、勉強ではこれまで学んだことを忘れないように努力することも重要になります。その方法こそが“復習”なのです。

また、これまで学んだことが定着したからこそ、次のステップを理解できるようになるということもあります。例えば、素因数分解を覚えたからこそ、平方根の理解ができ、二次方程式が解けるようになる、というようなことです。前に学んだ内容を忘れてしまうと次に進めないという問題も生じうるため、忘れないようにすることはとても大切なのです。

加えて、復習の効果はこれだけではありません。復習を繰り返すたび、なんと復習時間そのものも短くなっていくことが分かっています。これはドイツの心理学者であるヘルマン・エビングハウスが節約率という言葉で説明をしています。
節約率とは、再度学習をした時に初回の学習時間よりも短く学ぶことができることを示す概念です。復習を繰り返すと節約率が毎度高まっていくので、どんどん復習時間が短くなり、勉強の負担が少なくなっていきます。すると、さらに効率よく復習することが可能になり、記憶が定着しやすくなると言われています。

処理水準モデル
次に、二つ目の方法を紹介します。それはカナダの心理学者であるクレイクとロックハートによって提唱された処理水準モデルです。
このモデルでは、物理的水準音韻的水準意味的水準自己との関連水準という順に情報処理が深くなるとされ、深い処理をすればするほど、その情報は記憶に残りやすくなると言われています。

たとえば、英単語の勉強をするときに、単語帳をただ凝視して覚えようとする。これが“物理的水準”です。もっとも情報処理を工夫していないやり方といえます。
次に、声に出して覚えてみる。これは“音韻的水準”です。学生時代に英語の先生が音読しろと言っていた理由の一つですね。
そして次に、文章の中でどのように使われているかを確認して単語を覚えようとする。これが“意味的水準”です。単語帳には横に例文が載っていることが多いですし、近頃は英文の中で単語を覚えようという単語帳も出ています。
最後に、日頃の生活で使ってみたり、誰かに教えてみたり、能動的な活動の中に英単語を入れてみる。これが“自己との関連水準”です。英語を覚えるなら、実際に海外で生活するのが一番早い!なんてことを言う人もいますね。
このように、情報処理には水準(レベル感)があり、より深い処理をすればするほど、記憶に定着しやすいとされます。

以上を踏まえると、より深い情報処理を目指して勉強を進めたいところですが、“自己との関連水準”というところが未だピンとこない方もいるかもしれません。

そこでもう一つの視点として、ここに“感情体験”というイメージを加えてみましょう。
楽しい、うれしい、悔しい、困ったなどの感情体験は情報と結びつき、記憶の定着を促進します。
例えば、小テストで、確かにその時は覚えていたはずなのに、「誤答してしまった!」は、悔しい思いが湧きますね。そのような悔しさは情報処理としてハイレベルであり、その感情経験をした単語は記憶に残りやすいのです。
学生の中には小テスト直前まで一生懸命に覚えようとしている人がいますが、記憶の心理学の視点からすれば、小テストでなんとか良い点を取るよりも、間違えるという体験を通して悔しい思いをする方が記憶の定着という意味では役に立つと言えるのです。
そして定着した知識をもって期末テストで挽回することが可能になります。

社会人になると学生時代と違い、小テストを受ける機会などほとんど無いでしょう。ではこの知見は無意味かというとそうではありません。小テストを受ける環境がないのであれば、自分で自分をテストすればいいのです。小さなテストを自分で作成し、日頃のスキルアップの中に取り入れてみましょう。その際には大いに間違えることをお勧めします。誰かに採点されるわけではないですし、競争があるわけでもないので、恥ずかしさや劣等感も抑えられます。自分のためにテストをして、間違えて、悔しい体験をして、それを糧に記憶を定着させていきましょう。

社会人でもいろいろと勉強する機会がありますね。なかなか覚えることができないという時には、今回お伝えしたことをぜひ参考にしていただければと思います。

筆者:パソナセーフティネット 臨床心理士、公認心理師

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