こころとからだの健康

認知行動療法はポジティブになることを目指すものではない

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「気分は認知の影響を受けて変化する」。この言葉は、認知行動療法の理論として、昨今とても有名になりました。けれどもその内容を正しく理解している人は案外少ないのではないでしょうか。今回は、心理士の立場から認知行動療法の本質について、わかりやすく解説して参ります。

感情は認知の影響を受けて変化する

まずは認知行動療法の基本的な理論について代表的なものをご紹介していきます。

アルバートエリスのABC理論
認知行動療法では、感情は認知の影響を受けて変化すると考えます。これはアルバートエリスのABC理論を元にしています。ABCというのは、それぞれの頭文字をとったものです。

エリスは出来事(Activating event)に対して、自分なりの考え(Belief)をもつことで、その結果(Consequence)として感情が生じると考えました。
例えば、廊下で見かけた同僚に「おはよう、気持ちの良い天気だね」と声をかけたが応答がなかったとします(A出来事)。それを「無視されて応答がない」と考える(B考え)と、悲しいという感情が生じる(C結果)ということです。

また、エリスはこの考え(B)に反駁(Dispute)することで、別の感情を生じさせる効果(Effect)があると指摘しました。
上記で挙げた例では「同僚が自分を嫌っているからワザと無視した」とも考えられます。すると、怒りや反発という感情が生じることもあるでしょう。
他にも、「自分が何かしてしまったかな」と疑問をもつと不安を感じるかもしれません。

けれども、もしあなたが「ただ単に聞こえなかっただけかな」「きっとほかのことに気を取られていたのだろう」と思えば(D反芻)特に感情的になったり、気に病むこともないでしょう(E結果)。

こうした出来事に遭遇したとき、ストレス過多になっていると、“視野狭窄”と呼ばれる状態になることもあります。すると、ABCという一つのルートしか考えることができなくなり、DとEが思いつかなくなってしまうこともあるのです。

アーロンベックの自動思考と認知の歪み
認知行動療法に関して、もう一人著名な研究者がいます。それが心理学者のアーロンベックです。

ベックはある出来事に直面した際、瞬時に思い浮かぶ、いわば第一印象を“自動思考”と呼び、その発生過程と影響力に言及しています。
自動思考は、それまでの人生経験から作られた「世の中とはこういうものだ」という世界観(スキーマ)に影響を受け、特定の状況に対して瞬間的に喚起される思考を指しています。自動思考の内容は個人によって異なりますが、個人に注目するとその人独自のパターンを見出せるといいます。

そして、人にはそれぞれ不適切な自動思考の形があるとし、それを認知の歪みと呼びました。
例えば、
物事には、白か黒かという両極端でしか考えられない“全か無か思考
「いつもこうだ」「みんなそうだ」というような“過度な一般化思考
強制的な行動指示を行いがちな“べき思考”などがあります。

人にはそれぞれ認知のクセがあるため、無自覚な思い込みや偏った受け取り方によって現実に即していない思い込みが生じ、それによって不適切な感情が生じることがあります。初めにパッと思い浮かんだ自動思考に囚われ、それによって生じる感情に振り回されることにつながりうるのです。

ポジティブな考え方になればいいの?

これまでの話を踏まえると、起きたことを多角的な物事と考え、気持ちを変えられるようになることが重要であることがわかります。
多角的視点の実践例としてよく知られているものが、コップの中に半分の水が入っている状態を見たときに、それをどのようにとらえるかという例題です。

そこでは、ネガティブな考え方の人はそれを見るとコップの水が「もう半分“しか”入っていない」と考えるため、気持ちも暗くなる。
一方で、ポジティブな考え方の人はコップには「まだ半分“も”入っている」と考えるため、気持ちに余裕が持てるといいます。
こうした例え話が広まったことで「同じものを見ても考え方は変えられるから、ポジティブシンキングでいこう。それが認知行動療法である」と考える人が出てきました。

しかしこれは大きな勘違いなのです。そもそも認知行動療法はネガティブをポジティブにするという“薄っぺらい”理念をもつ心理療法ではありません。認知行動療法の本質は状況に応じて適切な考え方ができるようになることを目指すものです。

先ほどの例で解説すると、コップの水を見た状況がどのような場面だったのかが重要なポイントになります。
例えば、広い砂漠のド真ん中でみたらどうでしょうか。半分“も”入っていると考えたら貴重な水を粗末にしてしまうかもしれません。
一方で、半分“しか”入っていないと考えれば大切に飲むことができるでしょう。後者の方が生き残る可能性が高いと考えるならば、これが適応的な認知なのです。

では、居酒屋でお酒を飲んでいる状況だったらどうでしょうか。
今度は水ではなくジョッキにお酒が半分入っている状態を想像してみてください。そこが飲み放題の居酒屋ならば、飲み干したらお代わりを注文すればいいだけですね。
「半分も」「半分しか」と考えることも違和感がありそうです。
それでは閉店間際になり、お酒がジョッキに半分入っている状況ではどうでしょうか。
「まだ半分“も”入っているから飲み終わらない」と考えた人は、お酒を残したまま、すぐに会計をするかもしれません。「残すのはもったいないから」と急いで飲み干す方法を取る人もいるでしょう。それぞれが自分に適した行動をとることで対処します。

以上のことから分かるように、「半分も」「半分しか」という言葉だけでポジティブ、ネガティブかはわからないですし、状況によっては心の余裕を促すこともあれば、焦りを促すこともあるのです。その状況をどう認知することが現実に即した反応(感情や行動)につながるのかが大切なのです。
そのためには、多角的に物事を考え、どれが適応的な思考なのかを吟味する能力が必要になります。
認知行動療法は、そのスキルを身に着けることを目標としています。

心理療法の本来のあり方を勘違いしたまま実行してしまうと、あまり効果は期待できませんし、本来ならば不要である否定的な感情を想起されることにもつながりかねません。
認知行動療法に関しても、きちんとした理解のもとで実施してみましょう。
これまで関心がなかった人も、これを機にチャレンジしてみるといいのではないでしょうか。

筆者:パソナセーフティネット 臨床心理士、公認心理師

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