こころとからだの健康

共感にまつわる勘違い

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人の話を聞くときや、相談に乗るときによく言われるのが、
「相手の話をよく傾聴して聞いてね」「丁寧に共感するのが大切だよ」など、があります。
こうした場面で用いられている“共感”と日常生活で使う“共感”が異なることは実はあまり知られていません。

今回は心理士の立場からちょっと詳しく解説して参りたいと思います。

“共感”にまつわる勘違い

共感が必要な場面をイメージした時、どのようなことが思い浮かびますか。
例えば、Aさんと同僚のやり取りです。
同僚から「上司に怒られた。頑張っていたつもりだったのに。この仕事に向いていないのかな」と相談されたとします。
Aさんは「自分の胸まで苦しくなったよ、ほんと悔しいよね」と涙ぐみ、同僚が可哀そうだなと感じます。そこで更に「そんなことないよ、頑張っているんだから」と慰めました。

もう一つ例を出しましょう。
同僚から「あの嫌な上司に怒られた。あいつ自分は全然仕事をしないくせに部下には威張り散らしている。もうやってらんないよ」と言われたとします。
Bさんは自分も同じように感じていたので、「わかるー!」と伝え、「ほんとあの上司には腹が立つ、あいつ最悪だよね」と伝え、「そんなやつ相手にしなくていいよ、気にするな!」と返しました。

こうした応答は、日常においてみられる“共感“であり、「傾聴しよう、共感が大事」という文脈で用いられる共感とは異なるものです。カウンセリングの視点からみると、リスクをはらむ応答と言えます。
さて、どこがいけないのでしょう。

ここからはいくつかのポイントに分け、共感について解説して参ります。

共感は“同じ”になることではない
一つ目は、“同じ”であることを共感であると思い込んでいることです。カウンセリングの文脈で用いられる“共感”という言葉は、同意や同調などとは異なるものです。
「わかるー!」「それな!」「自分もそう思う」という言葉がけにつながる気持ちは、自分とあなたは“同じ”という感覚に基づいているといえます。

しかし、そもそも他者と“同じ”になることは不可能なのです。同じ状況に直面しても人によってその反応は異なります。
「え?!ここで怒るの?」「なぜ嫌なの?」など、明らかに他者と異なる感情や考えが喚起される場合もありますし、同じ言葉で表すことができるものだったとしても、そこで生じた体感の程度や意識現象は異なるはずです。

共感は“自分の気持ち”に基づいて理解することではない
二つ目は、上記で示した同調や同意が、“共感”と異なる理由についてです。
先に挙げた例では、無自覚に自分の感情や考え、価値観に基づいて話し手を理解しようとしていました。
涙が出てきたり、可哀そうと思ったり、憤ったり、助言をしたくなったりするのは、聞き手であるAさんやBさんの気持ちですね。
相談においては“話し手の”気持ちを理解しようとしなければいけないにも関わらず、話を聞いた自身の気持ちを感じとることが共感であると思ってしまいます。
こうした聞き方は、自分の中に湧いてきた感情や考えに意識が向いてしまっているため、決して聞き手の立場に寄り添った接し方とは言えません。

共感は“肯定すること”ではない
上記の例がいけない理由の三つ目は、AさんやBさんが、同僚の感情や考え、行動などを正しいものとして扱っていることです。
「あなたのしたことは間違ってない」というような直接的な肯定も「あいつ最悪だよね」というような悪口に乗っかるような声がけも同様です。

相談者のことを全面的に正当化することが共感ではありません。対話は話し手の主観によって展開します。その人が「そう思った」というだけであり、発言のすべてが事実であるとは限りません。そのような状況で肯定してしまうと話し手の不適応を強化することにつながる可能性があります。

例えば、ハラスメント行為者のお話を聞く場合を想像してください。
行為者の行動や考え方をすべて肯定できないというのは想像できることと思います。カウンセリングにおける共感は決して“甘やかし”ではないのです。

共感は“憐れむこと”ではない
四つ目の理由は、話し手のことを自身と対等に見ていないということです。「可哀そう」「慰めたい」「助言したくなる」という気持ちは相手を下に見ているということが前提となっている可能性があります。

共感は同情心から行うものではありません。自覚しているか否かは別としても、同情心には上下関係が想定されています。可哀そうな人、慰めてあげたくなる人、助言したくなる人、このように言い換えてみると、そのニュアンスがより明確になりますね。
「それはつらかったね、よしよし」「こうすればよかったんじゃないかな」などと言いたくなる場合には、無意識に話し手の力を過小評価していたり、その辛い状況を話し手自身の力で乗り越えていくことを信頼しきれていない可能性もあるのではないでしょうか。

では、どのように“共感”すればいいのでしょう

カウンセリングにおける共感とは何か
カウンセリングにおける“共感”とは、相手の気持ちを“想像する”ことです。
“相手の視点からその状況を見てみる”ことです。米国の臨床心理学者であるカール・ロジャースは“あたかも~のごとく”という言葉を強調して、共感を説明しました。

あくまでも想像として、話し手にどのようなことが起こったのか、そこでどのような考えが浮かび、どのような気持になったのかを推測し、そして理解するのです。
ポイントは、自身の感情や考えが相手の状況や感情に巻き込まれないようにするということです。
“話し手は”そのように思っているんだなと想像しつつ、「それだと悔しいだろうな」とか、「腹が立つだろうな」と考えてみるのです。そして、積極的な関心を示しつつ、話し手に寄り添っていきましょう。

また、そこでは聞き手自身の考えや感情の動きなどを常に観察することが大切です。それが話し手の視点を想像して生じたものなのか、聞き手自身の価値観などから生じたものなのかを区別しましょう。そして、自身から生じたものであったとしても、それを見て見ぬふりをしたり、こんなこと思ってはいけないと抑制するのではなく、自分はこう感じていると心の中で素直に認めるようにしましょう。

カウンセリングマインドをもって人と接する中では、“無自覚”ということが脅威になります。無自覚に話し手の気持ちと聞き手の気持ちを混同してしまったり、他者を傷つける振る舞いをしてしまう可能性があるのです。だからこそ、日頃から自分自身の心の動きや感じ方、どんな価値観で行動しているかなど、理解を深めていく努力を怠らないことが大切になります。

安易な声がけは控えよう
安易な慰めは、“憐れみ”と関連するため注意が必要です。
「こんなことになったらどうしよう、不安で仕方ない」という人に対して
「気にしすぎだよ、きっとうまくいくよ」「大丈夫だよ」と、ついつい言いたくなることがあります。けれども少し立ち止まって考えてみてください。本当に大丈夫か、うまくいくかどうかなどは誰にもわからないのです。

では、そもそもなぜそのようなことが言いたくなるのでしょう。 “言いたくなる”というのも“自分の”気持ちです。
話し手の不安を受け止めきれないとき、会話をまとめてしまいたいときなど早々にオチをつけたくなるからではないでしょうか。そうした自分の心情を自覚しつつ、じっくりと話し手の感じている不安を受け止めて寄り添うことが大切です。

一方で、同じ「大丈夫」という言葉であっても使ってよい時もあります。それは、じっくりと話を聞く中で、その人の強みを感じ、本当に「あなたなら大丈夫」と思ったのなら、率直に「私は大丈夫と信じている」とあえて伝えることは、話し手の支えになることもあります。

共感の次はどうするの?
相談を受けるとき、共感だけでは対応として不十分な場合もあります。その際には、話し手の強み(リソース)を伝え返していくとよいでしょう。
話し手自身の力で達成できたこと、頑張ったこと、話を聞いていてすごいなと思ったことなどの個人に内在する強みをフィードバックします。
また、味方になってくれる人々の存在としての社会的な資源を伝え返し、それに気づいてもらうことも大切です。人は自身の強みに気がついた時に心が癒されるともいわれています。

また、相談できたという事実を強みとして伝え返すのもよいでしょう。実は、他人に相談するというのは案外難しいことです。自己開示は、自身の至らないところや恥ずかしいところ、弱みを他者にを見せることになるのですから。しかし、そのハードルを越えて、一歩踏み出し“相談した”ということ自体がその人の強みなのです。

解決策は見つからない、具体的にどうすればいいかもわからない、という状況であったとしても、相談したことで話し手なりの心の収まりというものを見つけることができるようになることもあるのです。

一方で、社会人であれば、会社という組織の中で具体的な行動を求められる場合もあるでしょう。そのような相談をされた際には、上記の共感やリソースの伝え返しを丁寧に行った後で、話し手が助言を求めているのであれば、思いつく解決策をお伝えするのがいいのではないでしょうか。

今回は共感にまつわるよくある勘違いについて、解説して参りました。お仕事をする中では、様々な場面で相談されることがあると思います。ラインケアとして部下の相談を聞くこともあるでしょう。その時は、ぜひ今回の内容を意識し、参考になさって頂ければと思います。

筆者:パソナセーフティネット 臨床心理士、公認心理師

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